瞑想は現実を変える力を養う 

瞑想 画像 イメージ

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あなたは瞑想をやったことはありますか?
私は何度もやったことがあります。
現在も習慣としてやっています。

瞑想というものは人によっては修行のように思えます。
ですが修行は苦痛をともなうと思っている人も多いのではないでしょうか?

それは違います。
修行とは本来自分から喜んでやるものですから
やってもやらなくてもいいものなのです。

ただし、瞑想は修行に入るものとそうでないものがあります。
見方を変えれば感情の浮き沈みを軽減して冷静さを取り戻す癒しの方法。
人によってはエネルギーワーク。
もしくは無の境地で答えを得る方法です。

人間はイメージで物事を操っています。
森羅万象はそれに影響を受けるのです。

人間は見よう見真似で成長していった結果、
覚えた手法で物事を考えます。

それにとらわれて思わぬ引き寄せをしてしまいます。
自分から新しい方向に行く道を失います。

けれども、そのルーティーンを抜けられるキッカケを与えてくれる人が
やってくるまでにヒントが与えられているのも事実です。

瞑想するときにふとしたキッカケで心の声が聞こえます。
内在する神の声といえます。

この声はハイヤーセルフという人もいれば
ガイドとか守護天使という人もいます。
潜在意識が訴えかけているともいえます。

瞑想は夢想とは違います。
夢想だと散漫な気持ちでやってしまいますが
瞑想は目的があってやるものです。

なぜなら瞑想で見えたものは現実化しやすいからです。
サイキックな感性を開くのでどんなことが起きても対応できるようになってきます。

算命学ではこれを想念と位置づけます。
もしふさいでしまったら人間には二つの方法があります。

メンタルを変える方法と肉体的な問題を解決する方法です。

メンタルを変える方法は直観力の強い人やイメージを使う人に多いです。
サイキックな感性があるのでちょっとほしいものがあると
それを思うだけで手に入るというタイプ。
もしくはアスリート並みにイメージの訓練をしている人です。

肉体的な問題を解決する方法は現実的なタイプです。
調子の悪さに食事の偏りや生活の乱れがあるのではないかと考えてみたりします。
体感をともなった衰えや体力の増減を感じるので
気分を上げるための習慣を使います。

それがマラソンであったり趣味に興じたりといろいろな手段があるのですが
まず無心になって手を動かすことが大切です。

全身を使わずとも絵や文字を書きブレインストーミングといった意見交換も良いでしょう。
重要なのは脳に刺激を与える手の感覚で物事を考えることです。
ストレス発散と発想の転換となるので心にも体にも良いのです。

物事が上手くいかない原因に「想像力を欠如」が問題視されます。
想像力が無ければ新しいものは生み出されません。

イメージが苦手な人は美味しいものを食べたときの感覚を思い出してみてください。
味・触感・色・匂いといった五感を刺激するものを思い出せば
自然とそれはサイキック能力になります。

占い師はこういったことを実験してイメージで物事をとらえます。
易やタロットなどはそういった感性を使うことで当てるのです。

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