生き神様といえる人

神様 画像 イメージ

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世の中には凄くまれに生き神様といえる人に会います。
この人物はなぜそうなったのでしょうか?

これは神様に選ばれたわけではありません。
契約です。
クマリとかはそうですね。
日本だと神社の神職だとか仏教の僧侶だとか
徳の高い人を指す場合があります。

しかし、人間は自ら望んで契約しようとすれば対価を支払って神となります。
理由は万物の恩恵を受けて一族を養うためです。

人によっては国家を背負うものです。
ゆえに王族のような人、
特に天皇皇后両陛下のような古代から続く由緒ある家系は
その責務を永久に負います。
どんなことがあってもそれを抜けることはあってはならないことだからです。

祭祀というものを行うときは役割が二つあります。
ひとつは鬼を払うという作法です。
これは疫病であったり祖先や身内に関わる邪気邪霊を祓い清めるもの。
これなくしては家運衰退で家系が維持されないからです。

もうひとつは先祖の加護を得るもの。
これには祖神(おやがみ)も含めています。
そのお力なくしては子々孫々と反映できないからです。

さて、それを踏まえて生き神様とは一体なんでしょうか?
これはつまりあなたの生き方が天地自然にかなっているかどうかを意味します。
不自然であれば淘汰されるからです。

幸福を願うのであれば自然な生き方をするために
自分に出来ないことはやめ自分に出来ることをやりましょう。
努力で伸びない範囲であればすぐに見切りをつけましょう。

伸ばせるところを伸ばすのではなく、
短所といわれるところをキャラクターとして活かす、
もしくは他者に任せるほうがまだマシです。

なぜなら、伸ばせない範囲はあなたの使命からそれていることがほとんどです。
伸びようが無いところに金と労力を割くのは無意味です。

生き神様といえる人は直感通りに動き、
自然の中で生きるうえでもっとも効率が良い人です。
神様の指示通り生きているといってもいい人です。

では、神様の指示通りとはなんでしょうか?
人望を寄せるような円満な性格を持っていることです。

だれでもできることです。
恨みを買うような無礼を働かなければ良いだけです。

それでも、なんらかの理由で嫉妬はされます。
では、その嫉妬はどこから生まれるのでしょうか?

理由は簡単です。
祓い清めが足らないからそれが起きるのです。

祓い清めというものは何も神職や僧侶の術だけではないです。
普段の言動であったり、持っている思考や感情を意味します。

あなたの振る舞いが鼻につくとか、
恨まれるような言動をしたとか、
自分が無自覚で無意識な場合があります。
これを正せば祓い清めになります。

家の掃除も含める場合があります。
これは家相や風水の範囲ではありますが
身なり同様人の運気を変えます。

生き神様といわれる人はすでに神々対して自分を良く見せる作法を持っています。
人に好かれる努力でなく神様に好かれる努力をしているので
自然ともしくはなかば強制的に人格を磨かされるのです。

自分に磨きをかければかけるほど徳が積まれますが
逆にレベルの低い人がついていけなくなります。

レベルの低い人は自分の役目を知らず低次元な快楽で済ませてしまうのです。

生き神様といわれる人は喜びを奉仕と笑いに見出します。
奉仕は大仰ですが言い換えれば見えない気遣いです。
どのように配慮して生きるかを良く知っています。

笑いは言祝ぐ意味合いがあり幸運を循環させるお役目です。
楽しい話をしたり、美味しいものを作ってあげたり、
抱きしめてあげるなど何でも結構です。

笑顔になることが大事なのです。

相手が笑顔になることをやっていれば
あなたは生き神様です。

奉仕と笑いというものはあなたが神になるためのプロセスです。

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